長年、矯正歯科で多くの患者さんと接してきましたが、治療初期に皆さんが口を揃えておっしゃるのが「痛い」という言葉です。私たちはその痛みを少しでも和らげるため、治療開始時に必ず歯列矯正用ワックスをお渡ししています。しかし、中には「これくらい我慢しなきゃ」「使うのが面倒くさい」といった理由で、痛みを堪えながらワックスを使わずに過ごしてしまう方が意外と多くいらっしゃいます。私は、そんな方にこそ伝えたいのです。「どうか、ワックスを使うことを躊躇しないでください」と。矯正治療における痛みは、決して根性で乗り越えるべき試練ではありません。強い痛みを我慢し続けることは、食事を楽しめなくさせ、会話を億劫にさせ、ひいては治療そのものへのモチベーションを低下させてしまう原因にもなり得ます。ワックスは、そんな辛い時期を乗り越え、治療をスムーズに継続するための非常に有効なツールなのです。私たちは、患者さんが少しでも快適に矯正期間を過ごせるように、このワックスという選択肢を用意しています。装置が当たって痛いと感じたら、それはワックスを使うべきサインです。遠慮なく、積極的に活用してください。もし使い方が分からなかったり、うまく付けられなかったりした場合は、いつでも私たち専門家を頼ってください。何度でも丁寧にご説明します。矯正治療は、美しい歯並びというゴールを目指す長いマラソンのようなもの。ワックスは、その道中で足を痛めた時に使う、頼れるサポーターなのです。我慢は美徳ではありません。賢くツールを使いこなし、心穏やかにゴールを目指しましょう。