歯列矯正治療を始める前に、歯科医師からおおよつの治療期間について説明を受けると思いますが、実際に治療を進めていく中で、「思ったより早く終わりそう」「なんだか予定より長引いている気がする…」と感じることがあるかもしれません。歯列矯正の治療期間には、なぜこれほど個人差が生じるのでしょうか。その理由について考えてみましょう。まず、前述したように、「不正咬合の種類と重症度」が基本的な期間を決定する大きな要因です。歯の移動距離が長かったり、複雑な動きが必要だったりすれば、それだけ時間がかかるのは当然です。しかし、それ以外にも、個々の患者さんの「生物学的な反応の違い」が、治療期間に影響を与えることがあります。歯は、矯正装置によって力が加えられると、歯の周りの骨が吸収されたり新たに作られたりする「リモデリング」という現象を繰り返しながら移動していきます。この骨の代謝のスピードや、歯根膜(歯と骨の間にあるクッションのような組織)の反応性には個人差があり、同じような力を加えても、歯がスムーズに動く人もいれば、動きにくい人もいるのです。これは、遺伝的な要因や、年齢、全身の健康状態、ホルモンバランスなども影響すると考えられています。また、「患者さんの協力度」も、治療期間を大きく左右する要因として無視できません。歯科医師の指示通りに、顎間ゴムやヘッドギアといった補助的な装置をきちんと使用しているか、マウスピース矯正の場合に1日の装着時間を守っているか、そして定期的な調整のための通院を怠っていないか、といった点が、治療の進捗に直接影響します。もし、これらの協力が得られない場合は、歯が計画通りに動かず、治療期間が大幅に延びてしまう可能性があります。さらに、「治療中の予期せぬトラブル」も、期間延長の原因となることがあります。例えば、矯正装置が頻繁に外れたり、破損したりすると、その都度修理や再装着が必要となり、治療が一時的に中断されてしまいます。また、治療中に虫歯や歯周病が見つかった場合は、そちらの治療を優先しなければならないため、矯正治療がストップし、結果として全体の治療期間が延びてしまうこともあります。そして、意外と見落とされがちですが、「患者さん自身の治療ゴールに対する満足度」も、治療期間に影響を与えることがあります。