「矯正をしたら、ダイエット効果も期待できますか?」カウンセリングの場で、患者様からこのようなご質問をいただくことがあります。その期待するお気持ちは理解できますが、私たち歯科医師は、専門家として明確にお伝えしなければなりません。「歯列矯正はダイエット法ではなく、急激な体重減少はむしろ治療にとってマイナスに働く可能性がある」ということを。患者様が経験する「矯正痩せ」は、主に治療初期の痛みや装置への不慣れさからくる一時的な食事量の低下によるものです。これは医学的に見れば、決して健康的な状態ではありません。矯正治療中に歯が動くメカニズムは、歯の周りの骨が吸収と再生を繰り返す「骨のリモデリング」という現象に基づいています。この骨の代謝を正常に行うためには、バランスの取れた栄養が不可欠です。特に、骨や歯の主成分であるタンパク質やカルシウム、ビタミンDなどが不足すると、歯の動きが計画通りに進まなかったり、歯根や歯周組織にダメージを与えてしまったりするリスクさえ考えられます。また、栄養不足は口内炎の治りを遅らせる原因にもなり、さらなる痛みを引き起こすという悪循環に陥ることもあります。私たちは、患者様が痛みで食事が摂れないと訴えられた際には、「痩せてラッキー」と考えるのではなく、栄養指導や食べやすい食事のアドバイスを行うことで、健康を損なわないようにサポートします。もう一つ、「顔痩せ」に関しても誤解があります。出っ歯などが改善されて口元が引っ込むことで、顔の輪郭がシャープに見えることは事実ですが、これは顔の脂肪が燃焼したわけではなく、あくまで骨格的な変化によるものです。歯列矯正の本来の目的は、美しく機能的な噛み合わせを獲得し、長期的な口腔内の健康を維持することです。「痩せる」という副産物に過度な期待を抱くのではなく、むしろ治療中はしっかりと栄養を摂り、健康な体で理想の歯並びを目指していただくこと。それが、私たちが最も願うことです。
歯科医師が語る!矯正で痩せる危険な落とし穴