歯列矯正を始めて、もうすぐ一年が経つ。最初の数ヶ月間、あれほど私を苦しめた口内炎も、今ではすっかりご無沙汰だ。口の中の粘膜が強くなったのか、あるいは私が装置との付き合い方を心得たのか。いずれにせよ、平穏な日々が訪れている。そんな今でも、私のポーチの片隅には、必ず小さなプラスチックケースが収まっている。中に入っているのは、歯列矯正用ワックス。かつては毎日のように消費していたこの粘土の塊も、最近は出番がめっきり減った。それでも、これを持っていないと、どうにも落ち着かないのだ。まるで、滅多に使わないけれど持っているだけで安心する、お守りのような存在。ふとケースを開けて、指先でワックスを少しこねてみる。独特の、少し甘いような無機質な香り。矯正を始めたばかりの頃の、あの壮絶な痛みの記憶が蘇る。食事ができず、喋るのも辛く、鏡を見てはため息をついていた日々。そんな絶望の淵から私を救い上げてくれたのが、この小さな相棒だった。ブラケットにそっと貼り付けた時の、あの痛みが和らぐ瞬間の安堵感は、きっと一生忘れないだろう。今では、ミントやフルーツの香りがついたカラフルなワックスを見つけると、つい買ってしまう。矯正生活の中の、ささやかな楽しみだ。治療が終われば、このワックスも不要になる。その日を心待ちにしている一方で、この小さな相棒との別れを思うと、少しだけ寂しい気持ちにもなる。痛くて辛い日々を、ずっと一緒に戦ってくれた戦友だから。矯正が終わるその日まで、よろしくね。私の小さな相棒。