歯列矯正治療において、できる限り歯を抜かない「非抜歯矯正」を希望する方は増えています。非抜歯で歯を並べるスペースを確保するためには、いくつかの具体的な方法があり、それぞれに特徴があります。歯科医師は、患者さんの歯並びの状態や骨格、そして希望などを総合的に判断し、最適な方法を選択または組み合わせて治療計画を立案します。まず、代表的な方法の一つが「歯列の側方拡大」です。これは、歯が並ぶためのアーチ(歯列弓)が狭い場合に、そのアーチを横方向に広げることでスペースを作り出す方法です。特に、成長期のお子さんの場合は、上顎の正中口蓋縫合(左右の上顎骨の間の軟骨結合部)を拡大する「急速拡大装置」などを用いることで、効果的に顎の幅を広げることができます。成人でも、ゆっくりとアーチを拡大する装置(例えば、クワドヘリックスや緩徐拡大装置など)を用いることで、ある程度のスペース確保が可能です。ただし、拡大できる量には限界があり、無理な拡大は歯茎への負担や後戻りのリスクを高めることもあります。次に、「歯の遠心移動(後方移動)」です。これは、奥歯をさらに後方へ移動させることで、前歯部を並べるためのスペースを獲得する方法です。親知らずが生えていない、あるいはすでに抜歯済みで、その後方にスペースがある場合に有効です。この遠心移動を効率的に行うために、近年では「アンカースクリュー(歯科矯正用アンカースクリュー)」という小さなネジ状の装置を歯茎の骨に埋め込み、それを固定源として歯を引っ張る方法がよく用いられます。アンカースクリューを利用することで、従来は難しかった大幅な後方移動も可能になり、非抜歯矯正の適応範囲が広がりました。また、「IPR(Interproximal Reduction:歯間隣接面削合)」も、非抜歯矯正でスペースを確保するための一つの手段です。これは、歯と歯の間のエナメル質(歯の最も外側の硬い層)を、ごくわずか(通常は1歯あたり0.25mm~0.5mm程度)だけ削ることで、必要なスペースを作り出す方法です。エナメル質の範囲内での削合であれば、歯の健康に大きな影響はないとされていますが、削る量や部位は慎重に決定する必要があります。ブラックトライアングル(歯と歯の間の歯茎が下がってできる三角形の隙間)の改善にも有効な場合があります。
抜歯なし矯正の具体的な方法とそれぞれの特徴