「セラミック」という言葉には、清潔で、美しく、高品質であるという、非常にポジティブなイメージがあります。そのイメージゆえに、「セラミック矯正」という言葉の響きに、安全で最良の治療法であるかのような錯覚を抱いてしまう方が少なくありません。しかし、私たち矯正歯科医の立場から見ると、そこには大きな誤解と、見過ごすことのできないリスクが存在します。私たちが日々行っている「歯列矯正」の本質は、単に歯を綺麗に並べることではありません。見た目の美しさはもちろん重要ですが、それ以上に、上下の歯が正しく噛み合い、食べ物を効率よく咀嚼でき、顎関節に負担がかからず、そして清掃しやすい口腔環境を作ることで、将来にわたって歯の健康を維持するという「機能の回復・維持」に最大の目的があります。これは、自分の歯というかけがえのない財産を、生涯にわたって守るための医療です。一方で、いわゆる「セラミック矯正」は、歯科技術の中でも「補綴(ほてつ)」という分野に分類されます。補綴とは、虫歯や事故などで失われた歯の形態や機能を、被せ物や入れ歯などで補う治療のことです。つまり、セラミッククラウンは、本来、失われた機能を回復するために用いるべき技術なのです。それを、審美的な目的のためだけに、健康な歯を大きく削って応用することに、私たちは強い懸念を抱いています。歯科医療における最大の目標は、「自分の歯を一本でも多く、一日でも長く、健康な状態で保つこと」に尽きます。その観点に立った時、安易に健康な歯を削るという選択が、果たして患者様の長期的な利益に繋がるでしょうか。もちろん、最終的な選択は患者様ご自身に委ねられます。しかし、私たちは専門家として、目先の美しさや速さというメリットだけでなく、その裏にある大きな代償について、正確な情報を提供する義務があります。どうか、「セラミック」という言葉の輝きに惑わされず、ご自身の歯の未来にとって、本当に賢明な選択とは何かを、じっくりと考えていただきたいと心から願っています。