憧れの歯列矯正を始めた日、私の頭の中はバラ色の未来でいっぱいだった。しかし、その幻想は、装置をつけてからわずか数時間で打ち砕かれた。口の中に広がる、今までに感じたことのない強烈な異物感と、じんじんと歯の根を締め上げるような痛み。その日の夕食は、楽しみにしていた唐揚げだった。しかし、一口噛もうとした瞬間、激痛が走り、私は思わず顔をしかめた。結局、その日はお茶碗に半分のお粥を、涙目で飲み込むのが精一杯だった。翌朝からが、本当の地獄の始まりだった。歯と歯が軽く触れ合うだけで痛みが走り、固形物を口に入れるという行為そのものが恐怖になった。ウィダーインゼリーとヨーグルト、そして具なしのスープ。私の食事は、突如として介護食のようになってしまった。友人とのランチの約束も、「ごめん、歯が痛くて」と断るしかない。食べることが大好きだった私にとって、これは想像を絶する苦痛だった。そして、そんな生活を始めて一週間が過ぎた頃、恐る恐る体重計に乗ってみて驚いた。3キロも痩せていたのだ。「これが噂の矯正ダイエットか…」。一瞬、予期せぬ副産物に喜んだのも束の間、鏡に映る自分の顔は、痩せたというより「やつれた」という表現がぴったりだった。頬はこけ、肌のハリもない。これは、健康的な痩せ方ではないと、すぐに悟った。食べられないストレスは、私の精神も蝕んでいった。あの壮絶な初期の痛みは、今では嘘のように落ち着いたけれど、食べられることのありがたみを、私は身をもって知った。「矯正で痩せる」という言葉の裏には、決して楽ではない、痛みと空腹との静かな戦いが隠されているのだと、今なら断言できる。