インターネットやSNS上では、「歯列矯正を自力で」「DIY矯正」といった言葉と共に、輪ゴムや市販のマウスピースなどを使って自分で歯を動かそうとする情報や動画が散見されます。高額な治療費や通院の手間を避けたいという気持ちから、このような自力での歯列矯正に興味を持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし、結論から言うと、専門知識のない個人が自力で安全かつ効果的に歯列矯正を行うことは、限りなく不可能であり、非常に大きな危険性を伴います。歯列矯正は、単に歯を動かせば良いという単純なものではありません。歯科医師は、レントゲン写真や歯型模型、口腔内写真などの精密な検査データに基づいて、個々の患者さんの歯並びの状態、顎の骨格、噛み合わせ、歯周組織の健康状態などを総合的に診断し、綿密な治療計画を立案します。そして、歯一本一本にかける力の方向や大きさを精密にコントロールしながら、数ヶ月から数年という長い時間をかけて、歯を安全かつ効果的に望ましい位置へと移動させていくのです。この過程には、歯や歯周組織、顎関節に関する高度な専門知識と技術、そして豊富な経験が不可欠です。自力での歯列矯正は、これらの専門的な診断や計画、そしてコントロールが一切行われないため、様々な深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。例えば、不適切な力を歯に加え続けると、歯の根が吸収されて短くなってしまったり(歯根吸収)、歯がグラグラになって抜け落ちてしまったり、歯肉が退縮して歯の根が露出してしまったりする危険性があります。また、噛み合わせが大きく狂ってしまい、食べ物がうまく噛めなくなったり、顎関節症を引き起こしたり、頭痛や肩こりの原因になったりすることも考えられます。さらに、使用する器具が不衛生であったり、粘膜を傷つけたりすることで、口内炎や感染症を引き起こすリスクもあります。そして、最も重要なのは、たとえ一時的に歯が動いたように見えても、それが本当に正しい位置に移動しているのか、安定した噛み合わせが得られているのかは、専門家でなければ判断できないということです。結果として、歯並びがさらに悪化したり、取り返しのつかないダメージを歯や歯周組織に与えてしまったりする可能性が非常に高いのです。「費用がかからない」「手軽にできる」といった甘い言葉に惑わされず、歯列矯正は必ず信頼できる歯科医師のもとで行うようにしましょう。
「歯列矯正を自力で」は本当に可能?潜む危険性と誤解