「歯列矯正を始めたら、自然と痩せた」。これは、矯正経験者の間でまことしやかに語られる、もはや都市伝説とも言えるテーマです。実際に、矯正治療をきっかけに体重が減少する人は少なくありません。しかし、これは歯列矯正そのものに直接的なダイエット効果があるわけではない、ということをまず理解しておく必要があります。では、なぜ「矯正すると痩せる」という現象が起こるのでしょうか。その最大の理由は、矯正治療に伴う「食事の変化」にあります。まず、矯正装置を装着した直後や、月に一度のワイヤー調整の後には、歯が締め付けられるような痛みが生じます。この痛みにより、固いものを噛むのが困難になり、食事量が自然と減少するのです。また、ブラケットやワイヤーといった複雑な装置が口の中にあるため、食べ物が非常に詰まりやすくなります。食後の歯磨きに手間がかかることを考えると、これまで気軽に楽しんでいた間食を控えようという心理が働く人も多いでしょう。つまり、痛みによる食欲減退と、手間の増加による間食の抑制という、二つの要因が重なることで、摂取カロリーが減少し、結果として体重が落ちるのです。これは、あくまで治療初期に顕著な一時的な現象であり、体が慣れてくると食事量も元に戻ることがほとんどです。ただし、この矯正期間をきっかけに、よく噛んでゆっくり食べる習慣がついたり、健康的な食事内容を意識するようになったりすることで、長期的に太りにくい食生活が身につくという副次的な効果は期待できるかもしれません。また、出っ歯などが改善されることで口元がすっきりし、「顔が痩せた」ように見える審美的な変化も、「痩せる」というイメージを補強している一因と言えるでしょう。