「健康な歯を削るなんて信じられない」これは、矯正相談でIPRについて説明した際に、患者様からよくいただく反応です。そのお気持ちは痛いほどよく分かります。私たち歯科医師も、むやみに歯を傷つけたいわけでは決してありません。しかし、IPRが現代矯正で広く用いられているのは、それが科学的根拠に基づいた安全で有効な手技だからです。まずご理解いただきたいのは、IPRで削るのは歯の最も外側を覆っている「エナメル質」という組織だけだということです。エナメル質は人体で最も硬い組織であり、内部の象牙質や歯髄(神経)を保護する鎧のような役割をしています。そして重要なことに、このエナメル質には神経が通っていません。そのため、処置中に痛みを感じることはほとんどないのです。また、削る量も厳密にコントロールされています。エナメル質の厚みは平均で1.0mmから1.5mmほどありますが、IPRで削る量は歯の片面で最大でも0.25mm、合計で0.5mmまでが限界とされています。これはエナメル質の厚みの半分にも満たない量であり、この範囲内であれば歯の構造的な強度を損なったり、虫歯のリスクが有意に高まったりすることはないというのが、長年の研究で確立された見解です。処置後は、削った面を専用の器具で滑らかに研磨し、高濃度のフッ素を塗布します。これにより、表面の再石灰化を促し、プラークの付着や虫歯を防ぎます。IPRは、非抜歯矯正の可能性を広げ、より審美的な仕上がりを目指すための重要なツールです。私たちは、解剖学的な知識と精密な技術に基づき、患者様の歯の健康を第一に考えながら、この安全な処置を行っているのです。